大きな屋敷の書斎で、一人の男がフォルテールを弾いていた。神がかった技術もそ
うだったが、その音には、深く、誰にも見通せない様々な感情が混ざっていた。それ
は、もしこの場に専門家がいたのだとしたら、絶賛される類の音楽だった。いや、専
門家でなくとも、その音を聞いたらきっと心になにかを残さずにはいられないだろう。
ある者は不愉快になるかもしれない。また、ある者は涙すらこぼすだろう。
 男は、そういう音楽を作り出していた。
 ――ふと、男がノックの音に振り返る。不機嫌そうな顔を隠そうともせず、乱暴に
立ち上がった。部屋に入ってきた女は、おずおずと手紙を差し出す。家政婦らしい女
は、手紙の裏を指さし、なにか火急の用件であるかのように、身振り手振りを交えて
男に言葉をかける。
 しかし男は、その手紙を受け取るなり、中身も見ずに破り捨てた。女は俯き、軽く
首を横に振る。そして深く頭を下げ、その部屋を出ていった。

 明くる朝、掃除をしにその部屋に入った女は、ごみ箱の中にあるはずの手紙の破片
が消えていることには、気づかなかった。

 そして、それからもう数日経ったある日。二人の若者が暮らす、小さくて粗末な家に、
一つの荷物が届いた。中には使い古された魔法の楽器が入っており、それ以外に はなにも、送り主の住所も名前さえも書いてはいなかった。  しかし、若い女はそれを見るなり泣き出し、そっとその楽器を抱きしめた。  それ以降、妙な贈り物がその家に届けられることはなかったし、尋ね人が来ること もなかった。

 

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